連載10
―補完・代替医療総覧ー
患者の問いに答えるために
長谷川 淳史 (TMSジャパン代表)
全人的アプローチを掲げる補完・代替医療の世界的潮流と未来、そこに垣間見える光と影を探る。
コーヒー浣腸(腸内洗浄)
現代社会に生きるわれわれは、多種多様な有害物質(化学物質・重金属・合成化合物)に取り囲まれて生活しているため、好むと好まざるとに関わらずそれらを体内に蓄積させている。さらに、腸壁にはコールタールのような宿便が付着しており、この毒素や老廃物が腸管から吸収されることでさまざまな病気を引き起こす。したがって、健康増進、ダイエット、さらには病気の治療や予防のためには、体内の毒素や老廃物を排出しなければならない。
そこで最近注目を集めているデトックス(解毒:detox)健康法、あるいはオーガニックスタイルというものだ。このデトックス健康法のひとつに、コーヒー浣腸(coffee enema)もしくは腸内洗浄(colonic irrigation、colon hydrotherapy)がある。故ダイアナ妃、パリス・ヒルトン、マドンナ、ナオミ・キャンベルなどの著名人が行なっているとされ、世界的に有名な内視鏡医である新谷弘実がその著書の中で絶賛していることもあって、一躍脚光を浴びている。
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たしかに、腸から毒素や老廃物が吸収されて病気になる自家中毒(autointoxication)という考え方は、ヒポクラテスの時代からあった。そうした考え方に基づいて病気を治療するための浣腸も、古代から中国、インド、エジプト、ギリシアなどで行なわれてきたし、19世紀までは腸内洗浄が医学の主流を占めていたのは事実である。
ところが20世紀に入ると、デトックス健康法の基盤となる理論的根拠は、事実とはかけ離れた荒唐無稽なものであり、根本的に誤りであることが明らかとなった。
そもそも、人間には体内に入った有害物質を取り除くシステムが備わっており、生体に悪影響をおよぼすほどの有害物質が日常的に摂取され続けることはまずあり得な� �。さらに、腸壁の細胞は1~2日で新しく再生されるため、宿便が付着する時間的余裕もなければ、大腸内視鏡で宿便が確認されたこともこれまでただの一度もないのだ。
ただし、1928年にマックス・ゲルソン(Max Gerson)が開発したがんの代替医療であるゲルソン療法では、厳しい食餌療法に加えて毒素を排出するためのコーヒー浣腸が頻繁に行なわれている。
具体的には、1日5リットルほどの新鮮なフルーツと生の牛レバージュースを飲み、野菜の水分だけで煮込んだスープ、皮が付いたままの焼きジャガイモ、無精白のライ麦パンを食べ、甘味は赤砂糖とハチミツを用い、ナトリウムとカリウムのバランスを保つために食塩は一切使わない。さらに脂肪とタンパク質の摂取を制限し、コーヒーやお茶を飲むのも原則的に禁止。腸管から吸収されたカフェインが胆汁の分泌を促し、肝臓で分解された毒素を体外に排出するという考えのもと、4時間おきにコーヒー浣腸を行なうのである。
1959年にマックスが亡くなってからは、娘のシャル� ��ッテ・ゲルソン(Charlotte Gerson) が後継者となり、現在でもアメリカやメキシコを中心にゲルソン療法が行なわれている。
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また、1960年代末~1980年代中頃まで活躍した矯正歯科医、ウィリアム・ドナルド・ケリー(William Donald Kelley)が開発したケリー療法も忘れてはならない。ケリー療法は、コーヒー浣腸、豚の膵臓から抽出した膵臓酵素、食餌療法、サプリメントなどを用いるがんの代替医療で、悪性胸膜中皮腫に冒された俳優スティーブ・マックイーンを治療したことで知られている。ところが、不幸なことにケリーは、統合失調症を発症して臨床現場を去ることになる。
1980年代初頭、ケリー療法を受けた数千例のデータを5年間にわたって詳細に分析し、300ページにもおよぶ論文にまとめた医師が現れた。ニューヨークにある世界最大のがん研究所、スローケン・ケタリング記念がんセンターのニコラス・ゴンザレス(Nicholas Gonzalez)である。
ゴンザレスは1987年、ニューヨークにクリニックを開設し、1日に2回のコーヒー浣腸、4時間おきの膵臓酵素の服用、150種類にのぼる大量のサプリメント、有機食材のみの厳しい食餌療法で構成されたゴンザレス療法、あるいはケリー=ゴンザレス療法と呼ばれる独自の治療を行なっている。
FDA(アメリカ食品医薬品局)は、ゴンザレス療法をがんの治療法としては認めていないし、『代替医療ガイドブック』の著者でありスローケン・ケタリング記念がんセンターの統合医療部門責任者でもあるバリー・R・キャシレス(Barrie R Cassileth)でさえ、「自らの療法を広く検証することを求めるゴンザレス博士の積極的な姿勢は尊敬する。だが、コーヒー浣腸は馬鹿馬鹿しい。そんなものはさっさと止めるべきだ」と述べている。
しかし1999年、ゴンザレスはきわめて治癒率の低い(5年生存率は1%を切り、ほとんどが1年以内に死亡)進行性膵臓がん患者11名を対象に、ゴンザレス療法を試みたところ、平均生存率は17か月半で、中には5年近く生存した患者がいたという論文を発表した。
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このパイロット研究を高く評価したNIH(国立衛生研究所)のNCCAM(国立補完代替医療センター)は、ゴンザレスに140万ドルもの研究資金を提供した。そして2005年10月からニューヨークのコロンビア大学医学部において、進行性膵臓がん患者90名を対象に、標準的な治療とゴンザレス療法の無作為対照試験が開始され、現在はその結果報告を待っている段階である。
頭がおかしいとか詐欺師呼ばわりされながらも、NIHと協力しながら科学的手法でゴンザレス療法の有効性を証明すべく懸命に努力している姿は称賛に値する。補完代替医療に携わる者の鑑といっても過言ではないだろう。
参考文献&ウェヴサイト
1) デトックス
2) コーヒー浣腸
3) コーヒー浣腸で腸内洗浄
4) 新谷弘実『ニューヨーク式腸の掃除法』主婦の友社,2001.
5) 新谷弘実・生島ヒロシ『ドクター新谷・生島ヒロシが「胃腸を語る」』弘文堂,2001.
6) 武位教子・新谷弘実『家庭でできるらくらく腸内洗浄』技術評論社,2004.
7) 新谷弘実『「腸」の健康革命』日本医療企画,2005.
8) 新谷弘実『健康の結論』弘文堂,2005.
9) ドクター新谷公式サイト
10) 小内亨『お医者さんも戸惑う健康情報を見抜く』日経BP社,2004.
11) Ernst E,Colonic irrigation and the theory of autointoxication: a triumph of ignorance over science,J Clin Gastroenterol,24(4),p196-198,1997.
12) バリー・R・キャシレス『代替医療ガイドブック』春秋社,2000.
13) Gerson M,The cure of advanced cancer by diet therapy: a summary of 30 years of clinical experimentation,Physiol Chem Phys,10(5),p449-464,1978.
14) マックス・ゲルソン『ガン食事療法全書』徳間書店,1989.
15) シャルロッテ・ゲルソン&モートン・ウォーカー『決定版 ゲルソンがん食事療法』徳間書店,2002.
16) 帯津良一編『ガンを治す大事典』二見書房,1997.
17) 米国医師会編『アメリカ医師会がガイドする代替療法の医学的証拠』泉書房,2000.
18) ジュディス・グラスマン『がん療法百科・上』日本教文社,1986.
19) ケン・ウィルバー『グレース&グリット・上』春秋社,1999.
20) ケン・ウィルバー『グレース&グリット・下』春秋社,1999.
21) ガン治療の決め手は1日2回のコーヒー浣腸?(上)
22) ガン治療の決め手は1日2回のコーヒー浣腸?(下)
23) 膵臓がん治療でNIH(米国立衛生研)も期待、ゴンザレス療法
24) Gonzalez NJ & Isaacs LL,Evaluation of pancreatic proteolytic enzyme treatment of adenocarcinoma of the pancreas, with nutrition and detoxification support,Nutr Cancer,33(2),p117-124,1999.
代替医療通信, 第13号, 2007.
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